Re-gz's Blog
ごく普通の日記とMMORPGであるLineageの日記
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僕にはまだ帰れる場所があるんだ
 金曜日はいつものように出社。
メールをチェックすると、ベトナムに出張している方から返信があって、
「SDカードは私のPCにささっておりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
というメッセージがはいっていたのでホッとして作業を行いました。
お昼を済ませ実験室で一人作業をしていると地震が・・・。
いつものように平然としていると、だんだんと揺れが大きくなってくるではありませんか。
ついには停電もおき、ノートPC以外の機材の電源が落ちてしまい、私も怖くなり今生初の訓練以外で机の下にもぐるという経験をすることに。
数分後、揺れもおさまってきたので一人で実験室にいましたがデスクに戻り他の方と合流。
外に全社員、作業員集合という放送があったので外へ。
外へ出る途中に、壁がくずれたあとがあったりでびっくりしました。
外へ出た後も地震はひっきりなしに起きていました。
信号もバッテリーを積んでいないものは動作しておらず、警察の方々の手信号で行われておりました。

停電のため仕事にならず、徒歩で帰ることになりましたが、私はいかんせん埼玉。
綱島(横浜)からでは到底、徒歩で帰れる距離ではありません。
交通機関も麻痺状態でJRは早々に終日運伝見合わせが発表され帰宅は絶望的に。

帰れない人は、仕事場でも強固な作りになっている、まあ倉庫のような場所に集合し、ダンボール、毛布、カンパンに水が支給されそこで一夜を過ごすことに。
ラジオだけは流れつづけていて、渋谷や池袋で一部の大学などで人の受け入れが行われているが、人でごったがえしているという放送を聴いて、私はまだ恵まれた環境下にあると実感しました。

その後も、停電は続く中でも温かいお茶、味噌汁、おにぎりが振舞われ何とか一夜を過ごすことができました。
次の日、7時からJRも運転再開という情報を受け、それぞれが帰宅の途へ。
東横線で渋谷に行くと・・・。
JRがまったく動いていないではないか(´д`;)
仕方なしにメトロ銀座線で、溜池山王へ。そこから南北線、埼玉高速鉄道で東川口を目指しました。
東川口に着くも武蔵野線は動いておらず、っというかシャッターも閉まっていて駅にすら入れないし。
無論タクシー、バスは人だらけ。
一駅くらいあるいてみせらーってことで徒歩で東浦和方面へ。
武蔵野線の一駅って山手線でいうと3,4駅はあるんですよね。。。
東川口からの徒歩は初めてで、途中は道なき道を渡り、1時間ほどで到着。
自転車置き場で自転車を受け取ってなんとか帰宅することができました。

帰宅後は地震速報を見て、あらためて事の大きさを実感。
自宅での影響は水槽の水がこぼれていたり、ガラスのコップが割れて散乱したりと被災地から見ればたいしたことがない状態。
それで済んで本当に良かったというのが本音です。

このブログを書いている間も余震は続いています。
気は抜けない状態ですが、なんとかいつもどおりの生活にもどれますように・・・。
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